那覇港に着いた私は、タクシーの客引きを振り切って、国道を歩いて、市内のユースホステルに向かうことにした。チェックインの後、まずは予約していた台湾基隆行きのチケットの手配を行い、台湾のビザ取得のために琉球華僑総会を訪れた。というのは、那覇から再び船に乗って台湾へと向かうのも、今回の旅の計画に入れていたのである。琉球弧を南へ。これが今回の旅のキーコンセプトであった。
たしか、『朝日ジャーナル』が廃刊になったのは、ちょうどこの当時のことであると思うが、中曽根首相の不沈空母発言など、何かと物騒な思潮が蔓延し、世間の右傾化が危惧されていたのであった。奄美大島の無我利道場の右翼による襲撃、沖縄の基地問題、そういった情報が、全国紙の紙面では、とにかく片隅に追いやられ、岩波『世界』は、相変わらずの空念仏を繰り返すだけであった。政治や社会の現象のみならず、どこか、西洋文明批判、産業社会批判などが、マスコミの主流から姿を消し、地下に潜行した時代であるようにも思われる。まさに、バブル経済幕開けの時代である。琉球弧を南へ。それはどこか、希望に似た響きがあったが、沖縄情報を集めるにつけ、ますますその観が深まっていった。国会図書館や都立図書館に立ち寄った折りには、地方新聞を見るのを日課としていたのであるが、目にした『琉球新報』や『沖縄タイムス』には、すっかり虜になったのであった。そういったことから、こちらでも、図書館に立ち寄って、新聞その他の資料を閲覧したいとも思っていたのである。
そういった用事のかたわら、目に付いた郵便局に立ち寄っては、百円貯金をしたり、風景日付印を集めて廻ったが、ここ那覇市内では、たくさんの古書店にお目にかかることになる。まず初めに入ったのは、安里にあった古書店であった。記録には、店名を記述するのを忘れてしまったのであるが、おそらく安里古本センター国書房だと思われる。ビルの2階にあった小さな古書店で、文庫本などが中心であったが、沖縄関係のものなど、見るべき本がたくさんあった。一度目は様子を見るだけにとどめて、各店を見てまわってから、再訪することにした。そうしないと、沢山の収穫物を遠路持ち帰るのが困難になるからである。近くには暁書店という古書店もあり、ここも見るべきものが多かった。この二店を見て、那覇ではかなりの収穫が予想されたので、文房具屋で郵送用の荷作り道具を購入することにしたのである。結局、国書房では、那覇市市史編集室『那覇百年のあゆみ』(1980年)という写真集や『近世沖縄文化人列伝』など、沖縄関連の本数冊を購入。また、やはり暁書房でも、沖縄関連の写真集などを購入した。定価がドル表記の本もあり、歴史を感じさせられる。それに対して、別にわざわざ沖縄で買わなくてもよいというような変わり種として、雑民党党首東郷健氏の『欲情のキスはどこにするか』三一書房(\1300→\400)という逸品も購入している。どこででも、行くところに行けば、嫌でも手に入る本なのかもしれないが、おそらく一般の古書店では見つけることもないだろうから、購入することにしたのであった。
市内の繁華街、牧志には、ロマン書房牧志店という充実した古書店があった。一般的な品揃えながら、その層が厚く、地元新聞縮刷版他、沖縄に関連した書物も多い。それに、こぶし書房という革マル派系(?)の新刊書が並んでいたりしたが、アダルトコーナーには「はやく大人になろう!」というような洒落た注意書があったりした。なかなかユニークな書店である。また、3冊で100円のコーナーもあり、値段的にも安いものは安く売るという姿勢が感じられた。初日はここも偵察だけにとどめたが、結局、『沖縄タイムス縮刷版(1985.12)』(\3000→\2500)や沖縄の文学関連の本を購入することになる。新聞の縮刷版を一ヶ月分だけ買うのも、意味のないことのようにも思われたが、時代の雰囲気の記録として、一冊だけでも手許に置いておきたいという気がしたのである。
宿泊していたユースホステルの近くの泊という地区には新生堂(?)という書店もあったが、文庫本を中心としたどこにでもみかける一般書中心の店であった。そこから近い、国道58号線沿いには、荷物の集荷場のような所に、大型の古書店があった。本はたいてい平積みにしてあるが、すごい広さである。夜の八時前だというのに、近所の高校生風の客あり、車で乗り付ける客ありで、とてもはやっている。今でこそ、全国フランチャイズ型大型古書店 BOOK OFF などでよく見る風景であるが、私にとっては初めて見た大型古書店であった。沖縄関係の本も多く、ゾッキ本として出まわる『沖縄年鑑』沖縄タイムス社も沢山積まれていた。まさに欲しい本である。『沖縄年鑑1973-74年版』(\3000→\2000)を購入することにしたが、見開きには「沖縄の軍事基地分布図」、裏表紙には「米軍戦闘訓練区域」の図が掲げられ、当時から基地問題が大きかったことがうかがわれる。1985年12月の『沖縄タイムス縮刷版』にしても、米軍の演習や基地問題話題にのぼらない日はないという状況であったが、当地ではこれだけ問題になりながら、今まで本土のマスコミには片隅にしか取りあげられてこなかったことが、今さらながら不思議なことである。その他ここでは、沖縄関係の本を5冊あまり購入した。当時の記録にはロマン書房本店と記入しているのであるが、現在、古書店地図を参照すると、ロマン書房本店は、宜野湾市真栄原にあると記載されている。この店のあった平良という地名から推測すれば、ここはロマン書房系列の夢屋書店だったのかもしれない。
古書通信社刊の『全国古本屋地図』1994では、琉球大学の新キャンパス近くにある緑林堂を沖縄県内随一の在庫を誇る書店としているが、予備知識不足であった私は、残念ながら当店を訪れることはなかった。当時、琉球大学は、旧首里城内から、西原町の新キャンパスへの移転が完了したばかりであったので、まだ新キャンパス近くに同店はなかったのかもしれないし、あったとしても、今とは品揃えは違っていたかもしれない。それはともかく、古書店に関して、何の下調べもせずに訪れた沖縄であったが、質量ともに、予想外の収穫があり、とても嬉しい思い出として残っている。 散人
96/8/29