Labyrinth
東閣に入り、書巻を開き、古賢に逢ふ。
……

晋朝の七賢異代の友たるは、
身は朝にありて、志は隠にあるをもちてなり。
……

近代人の世の事、一つも戀ふべきことなし。

人の師たる者は貴きを先にし、富めるを先にし、
文をもちて次とせず、師なきにしかず。

人の友たる者は、勢をもちてし、利をもちてし、
淡をもちて交はらず、友なきにしかず。

われ、門をとざし、戸を閉ぢ、
ひとり吟じ、ひとり詠ず。

もし余興あれば、児童と少船に乗り、舷を叩き、棹をうごかす。
もし余暇あれば、僮僕を呼ばひ、後園(菜園)に入り、
あるいは糞まり以は濯ぐ。

我わが宅を愛し、そのほかを知らず。

(慶保胤「池亭記」『本朝文粋』)

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『方丈記』にも影響を与えた慶保胤の「池亭記」。
天元5年(982年)の作と聞きますので、
日本における隠逸思想の祖と言えるのかもしれません。

「われ、門をとざし、戸を閉ぢ、
ひとり吟じ、ひとり詠ず。」
「我わが宅を愛し、そのほかを知らず。」

近代西洋の個人主義思想とは異なるものでしょうが、
広い意味では、まさに、これを個人主義と言わずして、
何が個人主義と言えるでしょうか?

日本は、集団主義の国であるとか、
個人主義が根付かないとかいう主張は、
明治以降、田舎侍、田吾作集団によってつくりあげられた
単なる妄想に過ぎないのではないでしょうか?

(註記)
田舎侍というと、カチンとくる人もあるようですが、
例えば、永井荷風が好んだ表現でもあり、
滅びゆきつつある旧幕の風情に思いを馳せながら、
威勢の良い新興の政治・経済の担い手を嘲って用いた、
ある意味では、負け犬の遠吠えのようなものであると言えるかと思います。
その他、冗談半分、本気半分で、自嘲の意味も込めて作っていますので、
あまり真剣にとらないで下さい。


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