旅の手紙 タイ、インド、ネパール 1992年


ヒマラヤの見える町 ポカラ(ネパール)

 今は、ヒマラヤの見えるポカラというネパールの田舎町に滞在しています。ここは、 ちょっとした観光地でもあり、俗化されたリゾート地というような所でもあります。 自転車を借りて、サイクリングに出かけたり、湖にボートを浮かべて、ぼんやりとヒ マラヤを眺めたり、また、日本ではお酒を断ってから久しいのですが、朝からアルコ ールに浸ることも多く、世界の放浪者とだべったり、ごろごろしていたりといった毎 日です。そういった怠惰な気分のためか、リゾート地特有の白々しい雰囲気のためか、 待望のヒマラヤ連峰も何だか色あせていくようです。早朝には、マチャプチャレやア ンナプルナ連峰が美しい姿を見せてくれるものの、安曇野や上高地からみる北アルプ スの方が、もっと美しく神々しかったように思えてきます。ちょっとした丘へトレッ キングに出かけたりしましたが、そこからみたヒマラヤの山々は十分に神秘的な力を 感じさせてくれました。

 もっとこの町に滞在し、トレッキングに出かけたりしたい気がしますが、何分疲れ てしまって、明後日にはカトマンズに戻る予定です。カトマンズはどこか中世的な雰 囲気の残るドイツの田舎町と似ているようでもあり、とても気に入っています。イン ドでは、腹が立つことが多く、いい加減嫌になっていたのですが、その強烈な印象は 魅力でもありました。一方、ネパールはとても好感が持てるものの、インドのような 面白さは少ないようです。

 今のところ、今回の旅で印象に残っていることといえば、やはりインドの混沌とし た世界のように思います。牛や犬、人間などがそれぞれ路上で生活する姿、ぶらぶら していたり、ごろごろ寝ていたり、糞尿を垂れ流している傍らで、ゴミをあさったり、 食事をしていたり、商いをしていたりするなど、様々なものが溶け合って、共生して いる姿は一見の価値があるように思います。また、ヴァラナシやカトマンズで見た火 葬の光景やカルカッタのヒンズー寺院で見たカーリーの女神への生け贄として、生き た子山羊の首をはねる儀式も忘れられない光景です。子山羊の断末魔の悲鳴と、儀式 を執り行う人々の手慣れた様子など、脳裏に鮮やかに浮かんで来ます。

 我々が、一般に日常生活から覆い隠そうとしている人の生きる姿や死の姿が、あか らさまになった、その典型がインドのであると言えるように思います。換言すれば、 残酷さへの欲望や物欲、他人への好奇心といった様々な欲望や、死という人間の最大 の感心事までもが、隠ぺいされ、抑圧されているのが、我々が住んでいる社会の現実 です。インドにはインドで、隠ぺいされ、抑圧されていることはたくさんありますし、 インドが理想の桃源郷だというつもりは、全くありません。ただ、我々の住んでいる 社会を読み直す媒体としてみれば、学ぶべきことも多いでしょうし、その異質さ故に、 共感やら反発やら様々な反応をよびおこすのではないかと思っています。   (ポカラ I・M 92.3)


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