そんな折、東京に行く機会があったので、これは国会図書館等で実物を見る絶好の機会 だと思い、行って来ました。しかし、国会図書館にたどり着けたのは、既に3時過ぎ、しかも 利用するのが始めてということもあり、目録を用いての本の探し方が良く分からず、時は 瞬く間に経っていきました。そんな中、急いで見つけたダブズ本やアッシェンデンプレス本、それ にドレ挿絵の「失楽園」を請求しました。しかし、ダブズ本とアッシェンデン本は、準貴重書なので 、予約が必要な可能性”も”あるということで、閲覧できるかどうかを古典籍資料室に問い 合わせに行ったのですが、もう閉まってました(ToT)こんなわけで、憧れの私家版本には 出会えませんでした。しかし、ドレの「失楽園」は閲覧できました。
国会図書館にあったのは、1905年にロンドンのCASSEL社から発行された版です。装丁は赤 茶色の布装、表紙にはミルトンの肖像が金色で描かれています。本の背には、「PARADISE LOST」 という題名と、ギュスターブ・ドレの名前がやはり金色で描かれています。ミルトンの名前は背には 確か入っていませんでした。本はとにかく大きく、しかも分厚いものでした。
さて、目当てのドレの挿絵ですが、挿絵は本文の薄い紙とは別の、厚く表面のツルツルした紙 が使われていました。現在美術書などで使われているコート紙のような紙です。そんな紙だ ったので、20世紀に入ってからの本だし、もしかすると挿絵は木版ではなく、ただの印刷 かと思ったのですが、一本一本の線が極めて鋭く出ていたので、印刷ではなさそうです。 どちらにせよ、綺麗に刷られていました。
とにかくその挿絵を見て思ったのは、細かい線の組み合わせによって、驚くほど緻密な 描写をしているということです。正直言って、どんな訓練をすれば、あんな恐るべき版を 作れるようになるんだ?と不思議に思いました。線の太さを変えることで服や背景の陰影 をつけているのですが、これを彫った人間の頭の中はどうなっていたんだ?と思えるよう な複雑さです。。線の太さと陰影の度合いの対応関係を完璧に会得していたのでしょう。 人間の技能の底知れぬ深さに恐れすら感じさせる、それ程の素晴らしい職人芸でした。
もちろん、彫師の技術だけでなく、ドレの才能も恐るべきものだったのでしょう。その図 は壮大で、天使同士の戦いや苦悩するサタンの姿を見事に描き出していました。まあ、アダムや エヴァ等の人物も良いのですが、彼の真価はやはり壮大な山々の連なる風景や、渦を巻く雲 、巨大な怪物や群がって飛翔する天使や悪魔などの、スケールの大きな絵でこそ発揮されると 言えるでしょう。特に私が気に入ったのは、山をも凌ぐほどの巨大な体躯も持つ、リヴァイア サンの挿絵です。山に上に横たわったリヴァイアサンの尾が海にまで伸びているという挿絵は、 とても奇妙な感じのするものでした。
結局、見れたのはドレ一冊だけだったのですが、今度来る時はきちんと予約をして、豪華 本を見てやると心に決めて、私は次に都立中央図書館に向かったのです。
本が来るまで開架の棚を見て回り、鹿島茂氏編のバルビエ・コレクションや荒俣氏のWONDER BOO− KSシリーズ等を眺めていました。しかし、私はロココ風の仏の挿絵家より、中世風の英の挿絵家 の方が好みなので、今一つです。
そうしていると本が何時の間にやらカウンターに置かれていました。私はその古びた本を自 分の席へと持っていくと早速頁を捲り始めました。クリスティナ・ロセッティの「SING−SONG」は、1922 年にMACMILLAN社から発行されたとても小さな本です。初版は1893年で、1907年に「ILLUS− TRATED POCKET CLASSICS FOR THE YOUNG」というシリーズとして再販されたようなので、元 々はもっと判が大きかったのかもしれません。本の内容は、子供用の可愛らしい詩集でし た。英語の苦手な私でも、辞書なしで読めるような易しい文章でした。全ての詩には、アーサー・ ヒューズの描いたユーモラスな挿絵がついています。彼の絵柄は、風刺画で有名なパンチ誌様式その ままという感じで、彼の描く少女を見ると、「これアリスじゃないか」と思ってしまう程です。 やはりパンチ系の画家であったテニエル卿の描いたアリスの顔と良く似ていたのです。見慣れれば 全然違うのでしょうが、私には良く見分けがつかない位よく似ていました。
さて、本命のアーサー・ラッカムの「MIDSUMMER NIGHTS DREAM」ですが、こちらは結構判が大きく、 しかもかなり厚い本でした。この本は、1908年にロンドンのWILLIAM HEINEMANN社から出版さ れたもので、装丁は白い布装で表紙には金で表題とイラスト、そしてアーサー・ラッカムの名前があり ました。本の背にはやはり表題とラッカムの名前が金で書かれています。シェイクスピアの名前はや はり無く、ドレの「失楽園」でもミルトンの名前が無かったのでのでこの時代の英国の挿絵本は 著者よりも挿絵画家の名を強調するのが定番だったのか?と疑問に思いました。
中を見ると保管のせいかどうか分かりませんが、結構紙が変色していました。そういえ ばこの本は100年近くも前の本だとそれを見て改めて思いました。本文の合間には頻繁に カラーの挿絵の頁が差し込まれていました。カラー挿絵の頁は、本文とは別の厚紙の台紙の上に 、さらに別紙で張りつけられるという凝った構成になっていました。挿絵はオフセットで印刷 されていたのですが、オフセットが始まったばかりとは思えないような鮮やかで美しい色をし ていました。
ラッカムの挿絵の素晴らしさについては改めて言うこともありませんが、やはり素晴らし いの一言に尽きます。ひらひらした服をなびかせる美しい少女の妖精から、節が盛り上が った不気味な木々や闇に包まれた森、おどけた顔をした悪戯な妖精、妙にリアルなロバの頭 をした男まで実に様々なものを描きながら、紛れもないラッカムの絵になっているのはさす がです。彼の挿絵は基本的には暗い調子ですが、ユーモラスな絵も得意だというのは面白いで す。完全に整ったギリシャ彫刻のような美しい顔付きをした妖精の女王と、思わず笑いを誘 うようなおかしさがあると同時に、リアルなタッチで描かれているために恐ろしく異様にも見 えるロバ頭の男が同じ画面にいるというのは、かなりシュールな気がします。
また、カラーイラストだけでなく、白黒の挿絵もたくさん入っていました。多くの白黒挿絵は文 字の隙間を埋めたりする、装飾的なものでした。文章の脇に、いたずらっぽく微笑む妖精 などがさりげなく描かれているのです。彼の白黒挿絵は、時代の流行なのかもしれません が、単純な線で描く対象のかたちをはっきりと浮かび上がらせるという感じのもので、シン プルな木版画のような感じでした。アーサー・ヒューズの挿絵は、雑然とした沢山の線が集まって 像を作るという感じですが、ラッカムは単純な輪郭線によって描いているので、ラファエロ前派な どの中世趣味やジャポニズムの影響を受けているのかもしれません。漫画などの線で描く文 化に育った私としては、ラッカムのような描き方は非常に受け入れやすいものです。バロック時 代の線で埋め尽くされたような銅版画は、なかなか好きになれませんから。
しかし、やはり本物のラッカム本は素晴らしかったです。正直言って、もう当時の本を見る と、現在の複製本では満足できなくなりそうです。新書館から、アーサー・ラッカムやエドモンド・デュ ラック、カイ・ニールセンなどの挿絵本の復刻版が出ていますが、挿絵はほとんど削られているし、本 のつくりも安っぽいので、買う気が失せてしまいました。あれでは我慢できそうにありま せん。しかし、ラッカムなどの挿絵黄金期当時の挿絵本はかなり高価なようなので、おいそれ とは買えず悩ましいところです。まあ、荒俣氏の集めているような博物学書などに比べれ ば全然安いでしょうが、私には手の届かない値段であることには違いないので、図書館に 行って見せてもらうしかないなあ、とため息が出ます。