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散人先生傳


先生は何許の人なるかを知らざるなり。亦た其の姓字も詳かにせず。
先生、世の役にたたざるを以て、散人と号す。

若きより俗に適うの韻なく、性もと丘山を愛す。
事外に寄せ、おもいを委ぬるは琴書にあり。
褐をきて、よころこんで自得し、しばしば空しきも常に晏如たり。

戸庭に塵雑なく、虚室に余閑あり。
野外、人事まれにして、窮巷、車馬もすくなし。
白日に扉を閉ざして、居室に塵想を絶つ。
時にまた墟曲のうち、草をひらいてともに来往す。
相見て雑言なく、ただいう、桑麻長びたりと。

閑静にして言少なく、栄利を慕わず。
書を読むことを好めども、甚解を求めず。
意に会するもの有るごとに、すなわち欣然として食を忘る。
箪瓢しばしば空しきも、晏如たり。
常に文章を著して自ら娯しみ、いささか己が志を示す。
懐いを得失に忘れ、此を以て自ら終る。

(参考:五柳先生傳・帰園田居・始作鎮軍参軍経曲阿作)


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現代の生活は、亜米利加風の努力主義を以てせざれば食えないと極まったものでもない。 髭を生し洋服を着てコケを脅そうという田舎紳士風の野心さえ起こさねば、 よしや身に一銭の蓄なく、友人と称する共謀者、先輩もしくは親分と称する 阿諛の目的物なぞ一切皆無たりとも、 なお優游自適の生活を営む方法はすくなくはあるまい。(荷風『日和下駄』)