大学都市内の食堂でお昼をすませたあと、フローベールをやつてゐるS君を も交へて泰俊の部屋でコーヒーを飲みながら、ひとしきり十九世紀フランスに おける文学と哲学との知られざる融合関係をめぐつて談論風発の後、ふたたび 散人さんとふたりでブランションの古書市まで歩いて出直しました。すでに五 時をまはつて会場は終はり間際でしたが、さいはひ、ビブリオフィルの友人エ マニュエルが来てゐたので、お願ひしてかれのアパルトマンの蔵書を見せても らひにデファンスまで行くことにしました。散人さんはかれの蔵書とその愛書 観をどう見たでせうか。美装釘の書物についてよりも蔵書登録のシステムにつ いて細かく質問を発してゐられる姿が印象的でした。わたくしにとつてはこれ が四度目の訪問となりましたが、不思議なもので他人の蔵書であるにも拘らず 見るたびに愛着が増すやうな気がしました。グランヴィルの挿絵が入つた『ベ ランジェ全集』などは三組も異なる美装版で揃へてありましたが、その中の一 組は、詩人の自筆書簡が二通も綴ぢ込まれてあるもので、しかも不幸にして 1898年に旧蔵者のビブリオテークが火災に遭つたときに、この全集が運よく救 い出された顛末を伝へる文書の張り込まれた、いはくつきのシミエ装釘全集な のでした。入手にまつはる苦労話も終はらぬうちに、こらへきれなくなつて「 こっこれ……なんとか譲つてもらへないかなぁ?」と頼み込んだのですが、や はり答へは「ノン! これだけは勘弁してくれ」とのこと。ごもつともで、返 す言葉もありません。その他、新蒐のラ・アルプ著『文学史講義』は背革装な がらトゥヴナンの手になる逸品で、これを間近に見せてもらひながら、あぁ眼 福なる哉!と嘆息し、また嘆息するしかなかつた次第です。ヴェルレーヌのや うに「何よりもまづ音楽を」といふ代りに、「何よりもまづ美しい書物を」と いふエマニュエルのアドヴァイスを背後に聞きつつ、ふたりは帰途についたの でした。書物の内容よりも外見を極端に重んずるフランス青年の蒐書態度に恐 らくは大いなる距離を感じたのせう、散人さんは帰りの地下鉄のなかで何か狐 につままれたやうな顔をしてゐました。さういへば、はじめてエマニュエルの 書斎を訪れた日に、わたくしも確かこんな顔つきで帰つたなぁと思ひ出したこ とでした。
[前回のものを読む] 1997.8(1)