(La Rochefoucauld)

忠告ほど人が惜しみなく与えるものはない。


哲学は過ぎ去った不幸と、来るべき不幸には容易に打ち勝つ。

しかし、現在の不幸は、哲学に打ち勝つ。


死を知っている者は少ない。

人は普通の場合は、決意によって死を堪え忍ぶのではなく、愚昧と習慣によるのである。

そして、大部分の人間は、死なざるをえないから、死ぬのである。


会話をしている時に、物わかりが良く、楽しそうに見える人が、はなはだ希である理由の一つは、
ほとんどの人が相手の言葉に答えるよりも、自分の言いたいことばかりを考えるからである。

最もそつのない人や愛想の良い人でも、ただ注意して聞いているような顔つきをしてみせることだけに甘んじている。
だが、それと同時に、彼らの眼色や心の動きからは、
相手の言っていることには上の空で、自分の言おうと思っていることに話しを戻そうと焦っている様子が読みとれる。

そんなに自分の気に入るようにばかり努めることが、
他人を喜ばせたり、説得したりするには、拙劣な方法であり、
よく聴き、良く答えることが、会話をする時の最も立派な態度であることを、考慮に入れていないのである。


哲人たちに見られる財宝への軽蔑は、
彼らの価値が運命の不正から受けた恨みを、
運命から与えられなかった同じ財宝に対する軽蔑によって晴らそうという、
隠れた欲望であった。

それは貧困によって、自分が卑しくなることを防ぐための秘訣であり、
彼らが財宝がないために得られなかった尊敬へ到達するためにとった回り道であった。



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