人々の心に感動を与えようと思えば、
誰も知らないような人によって、
遠隔の地で行われた事実を扱わなければならない。

救世主たるキリストの奇蹟でさえ、
それを行ったのが大工の倅(せがれ)であると考えた場合には、
侮辱嘲笑の対象となった。

大工の倅ということであれば、
人はそんな家柄や先祖を見下し、
その兄弟姉妹を見れば、
自分たち同様の並みの人間に過ぎないからである。

この物語の舞台は遠隔地に設定してあるが、
そのもとになったものは、
実はごく身近なところにあったということを読者が考えた場合、
果たして、こういういろんなことに関する教訓が功を奏するかどうか、
疑問は依然として残る。

(『ロビンソン・クルーソーの生涯と驚くべき冒険の真摯な反省』より)


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