ロンドン滞在記

Acton Townの下宿屋さん


 1988年も2月から欧州に渡り、東欧を中心に旅を楽しんだのですが、 この旅の終わりにちょうど一ヶ月あまり、ロンドンの語学学校に通う機会をえました。 この時、滞在したのがこのActon Townの下宿屋さんです。

 Actonは、ロンドン西部の一般的な住宅地で、かなり広いエリアですが、 私が住んだのは、地下鉄 Piccadilly線のActon Town駅のすぐ近くのとある商店の 3階の屋根裏部屋でした。私の部屋は、ベッドがあるだけの小さい部屋で、ゆっくり 本を読むにも読めない広さですし、リビングの雰囲気も、そんなに良いものでもな かったように思います。バス通りに面した小さな商店街だったのですが、 近所には大きな公園もあり、環境は良い所でした。公園に行けば、リスなどもいますし、 芝生の緑が、とてもきれいに広がっていました。

 大家さんは、退役軍人で、第二次大戦中は、マレーシアで日本軍と戦い、捕虜になった経験を持つとのこと。 かなり過酷な体験だったそうですが、だからといって、日本人に部屋を貸すことには 取り立てて、抵抗感を持っていないようでした。捕虜になった話を聞いた時は、 少し複雑な気もしましたが、自分は職業軍人だったら仕方がないという意見のようです。 罪を憎んで人を憎まずということを、身を持って体現されているようです。 さすがは英国紳士と言うべきか、 ことあるごとに、何十年も前のことを持ち出し、日本人を模した藁人形を燃やして気勢をあげるどこかの人々とは違うようです。 捕虜を虐待した日本軍への恨みつらみは、言わない人でしたが、アイルランド独立運動や、 イスラム原理主義、学生運動、労働運動といったものへの嫌悪感は相当なもので、 私がその手の書店の包装紙を持っていたら、かなりしつこくイヤミを言われました。

 私は、この時まで、軍人や愛国主義者というのを観念的に悪者扱いしていたのですが、 一ヶ月という短い期間でしたが、一緒に生活してみると、かなり人間的に出来た人だと、 つくづく感じることになりました。私は、以前とある左翼運動に関与していたことがあったのですが、 その時は、相当な人格者と巡り会え、かなりの影響も受けましたが、 それ以上に、人間のイヤな側面を十二分すぎるぐらいに見せつけられ、 反面教師にしようと心に誓ったことがありました。 支配欲や権力欲、物欲の固まりのような人間が、 見えすぎた理想をふりかざして、人を批判し、一席ぶつのです。 人の善意や良心につけ込んで、オルグやカンパや、人の時間やお金を いかに集めて、勢力を拡大するかといったことが、 上からの指令で伝えられ、分かり切った結論のために、 何度も何度も開かれる会議の討議に参加させられ、貴重な時間が搾り取られます。 「正しいこと」は、上から伝えられることと決まっているので、 いかにそれが不毛なものか、科学的とうたいながら、一種の宗教団体のようなものなのです。 社会主義国を旅してみると、まさに、そのことが思い知らされました。 まだベルリンの壁は健在でしたし、壁の崩壊は予測できませんでしたが、 その矛盾は明らかでした。かといって、日本やアメリカ、西欧の資本主義体制が 万能かと言えば、私には、社会主義を支持できないのと同程度以上に、 とうてい積極的に支持できるものでもないのですが、 旅への視点もまさにそれらへの超克にあるのです。

 それはともかく、このActon Townでの一ヶ月は、それなりに貴重な体験でした。 むしろ、それ以上に、語学学校での出来事の方が面白かったのですが、 そのことはまた後日、別の機会に書くことにします。


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