ロンドン滞在記

Chiswickの下宿屋さん


 1989年、大学を卒業後、私は再びロンドンにやってきました。バブル景気の絶頂 期でしたので、あえて就職しようという気はまったく起こりませんでした。 毎日毎日、小学校や中学校の時のように、朝から晩まで会社へ行かなければならないと思うと、 生きた心地がしないのです。勝手気ままに旅をしていると、本当に毎日が楽しいものです。 どうして、毎日、朝早くから起きなければならないのか、顔を洗ったり、服を着替えたり、 挨拶したり、仕事をしたり、規則に従ったり……。 みんなは、それを行うことがあたかも人間として生活する上での義務であるかのように言い、 それに従って生きています。私にはそれが判らなかった。いくら考えても判らなかった。 「そんなこと、当たり前やんけ!」、「何寝ぼけたこと言うてんねん!」、 最終的にはそんな答えしか返ってきません。
 日本史を専攻しようか、それとも国文学にしようかとか 思いながら、入学した大学でしたが、最終的には哲学を専攻することとなりました。 残念ながら、哲学は、そんな私の素朴な疑問に答えてくれるような代物ではありませんでしたが、 哲学すること、先人の思索の軌跡をたどりながら、存在の深みにおりていくことは、 いまだに私の生活にとって、なくてはならないものとなっています。 あれから10年以上の月日が流れましたが、歴史にしろ、文学にしろ、哲学にしろ、 今でも抱き続ける様々な謎や疑問に対する思索の友としたいものです。

 さて、二度目のロンドンでの下宿生活も、同じくロンドン西部でしたが、今回は、Turnham Greenという駅近くの落ち着いた住宅地でした。 ここはわりと大きな家で、裏庭のベンチで本が読めたり、応接間も使えて、一番印象の良かった家です。 近所の雰囲気もとても良く、道には街路樹が茂り、どの家も、緑豊かな庭付きです。 一度、地区教会の主催するチャリティのオープンガーデンという行事に行き当たりました。 教会でチケットを買うと、自宅の庭を公開しても良いという家々の庭を拝見することが出来るのです。 このお陰で、10件以上のお宅の庭を拝見することが出来ました。シンプルなものから凝ったものまで、 日本風の庭園まであり、とても驚きました。

 あの近所の風習なのか、ロンドンの家では、昼間でも窓にレースのカーテンを垂らして、 部屋の中を暗くして、窓から外を眺めている人が多いのですが、どこか、京都の格子窓の発想と似ている気がします。 中からは見えるが、外からは見えない。薄暗い鰻の寝床のような家の中から、京都人は、近所の様子をうかがっているのです。 ロンドン人には、そこまで陰湿なイメージは持ちませんでしたが、表通りに面した薄暗い部屋で、電気をつけないままソファーに腰を下ろし、 本を読んだり、外を眺めたりする風習を私も身につけてしまいました。
 部屋から、近隣の家の庭なども見えていたのですが、庭のベンチで日光浴をしながら、読書をする人もあり、 陰と陽おり混ぜたロンドン人の読書スタイルのような気がしています。 庭には、時々、リスが来ることもあり、私も庭に出るのを愉しみにしていました。 現在の私の書斎は、太陽が差し込まないように、部屋の真ん中を御簾で区切り、この薄暗い空間で過ごすのを愉しみとしているのですが、 ノートパソコンを持って、家のあちこちの部屋を移動したり、廊下や縁側に本を持ち出し、 庭に来るメジロや雀を眺めながら、ぼんやりしたりもしています。書斎を薄暗くす るのは、ロンドン以来の風習のような気がしますし、庭のメジロや雀を見ながら、 ロンドンの野リスを思い出しています。

 このChiswickの家が、ロンドンで住んだ中では環境の良い家だと思いますが、 私の不確かな記憶では、家賃は週50ポンド(月額5万円位)だったように思います。 (現在のロンドンでは、家賃を月払いする方が普通ですが、産業革命以来、宵越しの金は残さないという 労働者階級の生活を鑑み、週単位で家賃を精算する伝統も残っています。) 台所の使用は制限つきでしたが、庭と応接間でくつろぐことが出来たので、とてもいい印象を持っています。 さすがに鹿はいませんが、リスの姿は本当によく見かけました。 私は、途中、大きな部屋から小さな部屋まで、何度か部屋を変わったのですが、 天井の高い大きな部屋で、ゆっくりと本が読め、飽きれば、窓から庭を眺めたり、 裏の家を眺めることが出来たのを今でもよく思い出します。 また、庭に出て、ベンチで日光浴を愉しんだり、通りに面した応接間に行って、外を眺めたり、 一日、家に居ても、そこにいるだけで嬉しい気がしました。
 季節によって、下宿人の数は変わりましたが、多い時で5人くらい、少ない時は私一人で、 大家さんまで旅行に出かけてしまって、まったくの一人暮らしもありました。 この時は、大家さんに代わって、配達された牛乳や新聞を家に入れたり、ゴミを捨てたり、 二週間ほどのことでしたが、ロンドンの一軒家で暮らせたのは、貴重な体験だったようです。 当時はゴミの分別収集などしておらず、燃えるゴミも燃えないゴミも、古新聞も何でもかんでも、 市の指定のポリ袋に入れさせすれば、回収してくれるようでした。

 この下宿では、様々な下宿人たちが入れ替わり立ち替わり、一ヶ月から二ヶ月単位で 出入りしていきました。ブラジル人、フランス人、スイス人、日本人、いろんな人々を思い出します。 気のあう人もいれば、全く馴染まなかった人も、たいしたもめ事もなく、みんな通り過ぎていきました。 南アフリカ人の青年と、部屋をシェアして、家賃を浮かしたこともあれば、 日系企業の工場で働いていたというスコットランド人の出稼ぎのおっさんからは、 いろんな話を聞かせて貰いました。このおっさんに勤めていた日系の某メーカーでは、 勤続すると、ご褒美として日本での研修があるとのことで、 その時は、なんと会社ぐるみで○ープランドで、一風呂浴びさせてくれたとか……。 あんな極楽を味わったのは、今までなかったとのことでした。 こういう話を聞くと、日本の企業にちゃんと就職しておくのだったと、少し後悔の念も起こってきました。 ○蔵官僚がノーパンシャブシャブで接待を受け、 社会福祉を専攻する大学教授が女子学生に猥褻行為を働くこともある日本の習俗を思えば、 取り立てて不思議がることではないのかもしれません。 この手の産業は、英国でも盛んなのですが、英国では一般には、一部のマニア御用達を除けば、 わりとシンプルというか、太古からの最も古い営みだけで、たいしたサービスはないそうです。

 その手の話で、忘れられないのは、ここの大家のおばさんのことです。 旦那は単身赴任で週末にしか帰ってこないのですが、 旦那が帰った土曜日には、なんと昼間から寝室にこもって、怪しげ声をあげています。 当初は、ライオンでも飼っているのかとも思いましたが、 ここは英国、動物愛護にうるさい国です。週末だけ、夫をレンタルする産業は許されても、 ライオンのレンタルなど、おそらく動物保護団体が黙っていないのかもしれません。 推して知るべし。30分から1時間近くうなり声をあげた後は、 二人して、シャワー室へ直行し、また何やらごそごそしています。 結構けだらけ、猫灰だらけ、う〜ん、外人の何は奥が深いと思っていたら、 やはり、他の下宿人たちも相当驚いておりました。何せ家中に声が響くのですから、 フランス人の女の子などは、こういう状況が始まりそうな土曜日には、 どこかへ外出しようと誘ってきます。いくら好き者のフランス人といえども、 二十歳前の女の子には、刺激が強すぎるのでしょうか……。 一番傑作だったのは、美容師見習いの日本人カップル。 おばさんのうなり声が始まると、「あれ何ですか?」と男がすぐに飛んできました。 あまりに激しすぎて、相当すれたカップルといえども、あの状況をすぐさま把握するのは 難しかったのかもしれません。おそらく、何も事情を知らない人が、 洋物○ビデオを音だけで聞かされたら、きっとこんな状況になるのではないかと思われました。 しかし、慣れてくると、このカップルも今度は自分たちの愉しみに耽るようになりました。 神風特攻隊の大和魂、和魂洋才といえども、なんのその、しっかり、黄表紙、浮世絵の伝統を受け継いでいます。 ところで、ロンドンの家の多くは、トイレとバスルームが一緒になっています。 といっても、共同のトイレ兼バスルームは、各階ごとにあるので、普通は困らないのですが、 ある種の状況が重なると、困ったことになるのです。(笑)


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