その1
松本市郊外の寓居を出た日は、レポートを二本仕上げ、午後五時の締切まぎわに提 出してから、買い出しやら、準備やらで慌てた。午後十一時半準備完了。荷物をかつ いで駅への道を急いだ。そのかいもあり、午前零時前には松本駅に到着し、余裕を持 ってホームへ降りることができた。いつ来ても松本駅には旅の情緒を感じるが、深夜 と早朝が最も好きである。
急行アルプス二号は特急形車両であった。空いていたので、座席の向きを変え、四 席分を占領して、エビのようになって眠ることにした。塩尻を過ぎて、車掌が検札に きたが、その後は邪魔されずに、新宿到着までぐっすりと眠れた。
早朝の新宿も私の好きな街である。新宿は様々な顔を持っているが、信州・甲斐路 への始発点でもあり、アルピニストやスキーツアーの若者がいたり、オールナイトの 夜遊び帰りの連中がふらついていたりもする。そこには昼や夜とは異なった顔があり、 趣がある。東京人であれば、深夜や早朝の新宿をぶらつくことは余りないだろうが、 よそ者の私にとっては、夜行列車の利用、定宿代わりの深夜映画館、廉価な飲食街と、 深夜や早朝を過ごすにはうってつけの場所でもある。それ故、ある種の思い入れがあ り、懐かしさすらも感じているのである。そういった新宿であるが、今回はゆっくり ぶらつく時間もなく、また荷物もあることなので、早々に離れなければならない。
山手線で日暮里に出て、そこから京成電車に乗り換えた。空港へのバスの乗り換え もスムーズにいき、八時前には成田空港に到着した。航空券の手配を頼んでいた旅行 社の担当者が見つからず、少々焦ったが、どうにか間に合い、搭乗手続きの後は、郵 便局に行ったりもした。
離陸は十時四十分頃であった。ノートを書いたりしていると、さっそく昼食のサー ビスが始まった。メニューが配られ、魚か肉かの選択もできる。それにワインなども ある。私が乗ったのはマレーシア航空であるが、マレーシアは回教国とはいえ、中国 系・インド系といった非回教徒も多く、イスラムの戒律はそれほど厳しく守られてい ない。それ故、機内でアルコール類が飲めるのである。それにスチュワーデスは妖艶 なマレー系の民族衣装を着ている。
午後二時時頃、最初の経由地・台北着。空港内の免税店などをぶらつける。離陸後 は再び食事。今度は中華の軽食であるが、なかなか美味しい。機内食は期待している と失望させられるが、悲惨な状況を想定していれば、何でも美味しいものなのである。 今回の私は、悲惨な食事の可能性を予想し、冷蔵庫の整理をかねて作ったゆで卵やコ フキイモなどを持参していたのである。これらは結局、ごみ箱行きの運命にあるよう だった。
次の経由地・香港到着は四時すぎであった。ここでも機外に出られたが、さすがに 大きな免税店があり、日本人もよく見かける。ダウンジャケットなどは機内に置いて きたが、外は暑そうである。隣に座っていたオーストラリアへ向かう彼女らは冬から 夏へと経由地を経ながら近づくのでよいようだが、こちらは冬の日本から常夏の国々 を経て、再び冬の欧州へと向かうのである。香港を出ると今度は夕食。もうお腹はい っぱいである。マレーシア航空には機内で書いた手紙を無料で出してくれるサービス があるとのことなので、絵はがきを貰い書くことにした。
そしてクアラルンプール到着は八時半となった。現地の時間では七時半、外はスコ ールのようだが、まだ明るい。ここで飛行機を乗り換えることになる。オーストラリ アへ向かう彼女らとはここでお別れ。急に日本人の姿が見られなくなった。乗り換え の手続きも終わり、手持ち無沙汰で空港内をぶらついた。機内ではイヤと言うほど食 事が出たが、勝手なもので夜ともなるとお腹が減ってきたので、持参の食料や果物を 食べたりした。コフキイモなどは、熱帯の国を経由して来たので腐っているのではな いかと心配になり、捨てることにした。
ロビーに座っていると見知らぬおっさんが話しかけてきた。初めは何を言っている のか全くわからなかったが、英語で話しているようでもある。よく聞けば、入国カー ドの代筆を依頼しているようだった。パスポートを見せてくれ、ここに書いてあるこ とを、適当に書いてくれという。文字の読み書きはほとんど出来ないようだ。それに よれば、その人はインド人で農業労働者という。身長は188センチとあるが、さす がに大きい。パスポートには皮膚の色の欄があり、黒と書いてあったが、日本語でい うなら、こげ茶色に近いように思った。
欧州へのフライトに搭乗したのは日本時間で午前零時前。フランクフルト行きなの でドイツ人が多い。私の隣もドイツ人アベックであった。成田〜クアラルンプール間 で隣であった日本人女子大生とは異なり、無愛想で無口であるが、気を使う必要がな いので楽ではある。彼らにとっては帰路の旅なのであろうが、喧嘩でもしたのか、二 人はほとんど無言であった。
離陸後、一時間ほどで、また食事。ビーフステーキなどを食べ、ワインもたらふく 飲んだ。そして、ゆっくりと睡眠をとることになる。
翌朝はドゥバイ空港への着陸体勢に入った頃目覚めた。日本時間では七時すぎだが、 現地では午前二時すぎで真夜中である。ここでは横幅の広い変わったバスに乗って機 外へと連れ出された。空港はとても近代的で石油成金とはいえ、アラブ首長国連邦と いう国の名前とはイメージが異なる。ここを離陸すると朝食が出た。まだとても眠た い。食後は再び眠ることになった。
飛行機が搖れたりしてときどき目覚めたが、フランクフルト到着まぎわまでずっと 寝ていた。日本時間では、もう午後三時、現地では七時すぎである。二度目の朝を迎 えた感じだ。