その3
彼はその日の収入の計算を始めたが、それを見せてもらうことにした。ストリート ミュージシャンの実入りを見るのはこれが初めてである。細かいコインが多いが、そ れでも十マルクは軽く越えているようだ。その後、彼はいつもの如く、携帯用ガスバ ーナーでお湯を沸かし、紅茶を入れてくれた。しばらく雑談していたが、私はなんだ か寒気がするので、ひと眠りすることにして、ベッドに入った。すると、知らぬ間に ぐっすり眠ってしまっていて、目覚めたときには、もう彼はいなかった。シャワーを 浴びたりしてから、再びベッドに入るとすぐに寝入ってしまった。
翌朝目覚めると、一人でユースの食堂に行った。日本人らしい男を見かけが無視し、 取り放題の黒パンやハム、チーズなどをたらふく食べた。部屋に戻ると、あのフルー ト吹きも目覚めたようで、朝の紅茶の準備をしている。放浪の旅人とは言っても、さ すがはイギリス人とでも言おうか、紅茶なしでの生活は出来ないようだ。少し雑談し ていたが、やはり私は旅立つことにした。とても名残惜しい気がする。彼は当分はこ のユースで生活するとか、言っていた。
チェックアウトを済ませ、外に出ると、窓から男が手を振ってくれた。HAVE A NICE TRIP!そんな挨拶は似つかわしくないが、そう言うより他はなかった。そんな古城のユ ースを振り返りながら、私は駅へと道を急いだ。空気が凛と張りつめた、心地よい冬 晴れの朝であった。
駅では、特急に乗ろうと、サプルメントを払うと、5マルクである。ベンチに座っ て、ノートを書いていると、日本人の男に話しかけられた。これからミュンヘンに行 くという。しばらく日本人を避けてきた私であったが、なんだか懐かしさと親しみを 覚えた。
10時40分、男と別れて列車に乗り込んだ。ウィーン行きの列車らしくヨハンシュト ラウス号と大層な名前がついている。車内は空いていて、コンパートメントを一人で 占有できた。車窓を眺めたり、本を読んだり、持参の食料を食べたりと、それなりに 楽しいのであるが、風を斬る列車の音と線路を走る車輪の音しか聞こえない。そんな コンパートメントにいると、なんだか人恋しい気分になったりした。
市内のツーリストインフォメーションへ行ったが、日曜日のためか閉まっていた。 仕方がないので、持参のガイドブックを頼りにYHへ行こうと歩いたが、方向感覚を 失ってしまい、完全に迷ってしまった。そのうち日も暮れてきて、焦れば焦るだけ、 行きたいところから遠ざかるようであった。