続欧州旅日誌 1988年

その3


《続欧州旅日誌3》 ドイツ〜オーストリア

【ニュルンベルク(二) 2月13日〜14日】
 さらに私は街を歩いた。肌寒い風の吹き抜ける中、あてどもなく歩いたが、祭りの にぎやかさから逃れようと、城山に登ったりしてから、ユースに戻った。誰もいない 部屋で、日誌をつけたり、手紙を書いたりしていると、あのイギリス人のフルート吹 きも戻ってきた。彼を街で見かけたことなどを話し、あのお世辞にも上手いとは言い にくい彼の演奏をほめたりした。確かに、素人が聞いても音程がずれるなど、技術的 には問題があるかもしれないが、何かを求めて放浪する彼の内面が、その音色からに じみでているように思ったからだ。

 彼はその日の収入の計算を始めたが、それを見せてもらうことにした。ストリート ミュージシャンの実入りを見るのはこれが初めてである。細かいコインが多いが、そ れでも十マルクは軽く越えているようだ。その後、彼はいつもの如く、携帯用ガスバ ーナーでお湯を沸かし、紅茶を入れてくれた。しばらく雑談していたが、私はなんだ か寒気がするので、ひと眠りすることにして、ベッドに入った。すると、知らぬ間に ぐっすり眠ってしまっていて、目覚めたときには、もう彼はいなかった。シャワーを 浴びたりしてから、再びベッドに入るとすぐに寝入ってしまった。

 翌朝目覚めると、一人でユースの食堂に行った。日本人らしい男を見かけが無視し、 取り放題の黒パンやハム、チーズなどをたらふく食べた。部屋に戻ると、あのフルー ト吹きも目覚めたようで、朝の紅茶の準備をしている。放浪の旅人とは言っても、さ すがはイギリス人とでも言おうか、紅茶なしでの生活は出来ないようだ。少し雑談し ていたが、やはり私は旅立つことにした。とても名残惜しい気がする。彼は当分はこ のユースで生活するとか、言っていた。

 チェックアウトを済ませ、外に出ると、窓から男が手を振ってくれた。HAVE A NICE TRIP!そんな挨拶は似つかわしくないが、そう言うより他はなかった。そんな古城のユ ースを振り返りながら、私は駅へと道を急いだ。空気が凛と張りつめた、心地よい冬 晴れの朝であった。

 駅では、特急に乗ろうと、サプルメントを払うと、5マルクである。ベンチに座っ て、ノートを書いていると、日本人の男に話しかけられた。これからミュンヘンに行 くという。しばらく日本人を避けてきた私であったが、なんだか懐かしさと親しみを 覚えた。

 10時40分、男と別れて列車に乗り込んだ。ウィーン行きの列車らしくヨハンシュト ラウス号と大層な名前がついている。車内は空いていて、コンパートメントを一人で 占有できた。車窓を眺めたり、本を読んだり、持参の食料を食べたりと、それなりに 楽しいのであるが、風を斬る列車の音と線路を走る車輪の音しか聞こえない。そんな コンパートメントにいると、なんだか人恋しい気分になったりした。


【ウィーン 2月14日〜】
 15時55分、ウィーン西駅に到着した。昨年は、ブタペストからこの駅に着き、ケル ンへと旅立って行ったのであるが、それ故、妙な懐かしさを覚えたのである。当時、 どことなくこの街が好きになれず、もう二度と来るまいとは思わなかったものの、二 年連続で訪れるとは思ってもいなかった。今回は、次の訪問予定地であるチェコスロ バキアのビザを取ったり、鉄道の切符を購入したりするために訪れたのであるから、 それに手間取れば、滞在が長引くことになる。駅構内の両替所で両替を済ませてから、 どことなく落ち着きの悪いウィーン西駅を後にして、宿を捜すため街に出た。

 市内のツーリストインフォメーションへ行ったが、日曜日のためか閉まっていた。 仕方がないので、持参のガイドブックを頼りにYHへ行こうと歩いたが、方向感覚を 失ってしまい、完全に迷ってしまった。そのうち日も暮れてきて、焦れば焦るだけ、 行きたいところから遠ざかるようであった。

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